STOCK · ASML
まちまち広い (競争優位は持続的)ASML — EUV 露光装置の唯一の供給者という最強級の堀 vs. 中国規制・顧客集中・予想 PER 41 倍という対価
ASML は EUV (極端紫外線) 露光装置の事実上唯一の供給者で、競争優位 (堀) は半導体製造装置 4 社で図抜けて広い。AI 設備投資が先端ロジックと HBM の EUV 需要を構造的に押し上げ、受注残 €38.8B とサービス売上 €8.2B が受注のボラを吸収する。だが論点は 3 つ: 中国規制 (MATCH 法案) が DUV とサービスを断つ『キルスイッチ』化、TSMC が EUV 出荷の推定 4 割という極端な顧客集中、予想 PER 41 倍・実績 55 倍の重い評価。堀は揺らがないが株価は完璧な執行を織り込む。総合判定は強弱まちまち。
EUV 露光装置の唯一の供給者。堀は半導体装置 4 社で図抜けて広いが、中国規制 (MATCH 法案)・TSMC への極端な顧客集中・予想 PER 41 倍の重い評価が対価。独占は揺らがないが株価は完璧な執行を織り込む。
スナップショット
2026-05-31 時点株価
$1612.76
時価総額
$621B
52 週レンジ
$683.48 – $1654.20
バリュエーション
| 指標 | 値 | 比較 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 予想 PER | 約 41x | AMAT 30x / LRCX 37x / KLAC 36x | 半導体装置 4 社で最も割高 (5/31 ADR ベース) |
| 実績 PER | 約 55x | AMAT 41x / LRCX 52x / KLAC 43x | 4 社で最も割高 |
| PEG | 約 2.0x | AMAT 1.3x / KLAC 2.4x | 成長は本物だが価格に先食い (1 超) |
| 配当利回り | 約 0.45% | 同業 0.4-0.5% と横並び | 配当 €7.50/株 (+17%)、別途自社株買い枠 最大 €12B |
| PSR (実績) | 高位 (過去レンジ上限圏) | 利益・売上の両倍率が重い | 厳密値は [要確認]、期待先行 |
競合との比較— 営業利益率 (堀の経済性) + 競争環境の構造差
| 企業 | 値 | 自社との対比 | 補足 |
|---|---|---|---|
| KLACKLA (検査・計測) | 営業利益率/粗利率: 38.2% / 60.9% | 粗利率は ASML 52.8% を上回る | 最も資本効率が高いが検査・計測は複数社が競う市場 (FY2025) |
| LRCXLam Research (エッチング/成膜) | 営業利益率/粗利率: 約30% / 49.9% | ASML と同水準 | 非 GAAP、FY2026 Q3。競争市場での優位 |
| AMATApplied Materials (成膜/エッチ) | 営業利益率/粗利率: 29.2% / 48.7% | ASML をやや下回る | FY2025。最も競争の激しい市場 |
| ASMLASML (EUV リソグラフィ・自社) | 営業利益率/粗利率: 約33% / 52.8% | 粗利は中位だが EUV は競合不在 | 粗利が KLAC より低いのは装置が巨大で部材コストが重いため。競争圧力ではない |
ファンダメンタルズ
総売上 (2025 通期)
€32.7B
+15.6%
システム €24.5B / サービス €8.2B。通貨はユーロ建て
営業利益率 (2026 Q1)
36%
+0.6pt
本業の実力値。一過性の評価益は不混入
粗利率 (2025 通期)
52.8%
装置が巨大で部材コストが重く KLAC 60.9% より低いが競争圧力ではない
EUV 売上 (2026 Q1)
€4.1B
システム売上の約 65%
EUV €4.1B / 非 EUV €2.1B。EUV 比率が一段上昇
サービス & フィールドオプション (2025)
€8.2B
+26.2%
据付台数の累積に連動、装置サイクルの谷でも稼ぐ堀の安定装置
受注残 (backlog、2025年末)
€38.8B
半分超が EUV
2026 売上見通し中央値 €38B のおおむね 1 年強をカバー
中国比率 (2026 Q1)
システム売上の 19%
正常化進行
2025 通期は 33%、会社想定は 2026 約 20%
強気材料 / 弱気材料
強気材料
EUV 独占は構造的
Carl Zeiss SMT の光学・Cymer の光源・数十年の擦り合わせで代替供給者が存在せず、High-NA でリードを更新中。
AI 設備投資の最上流受益
ハイパースケーラーの AI 投資 → TSMC/Samsung の先端ロジック・HBM 増設 → ASML の EUV 受注、という連鎖の最上流に立つ。
サービス売上の継続性
2025 €8.2B (+26%)、据付台数の累積に連動し装置サイクルの谷でも稼ぐ。業績の下方硬直性を担保。
受注残 €38.8B
2026 売上の約 1 年強を可視化し、四半期受注 (bookings) の乱高下を吸収する。
2030 中期目標の上振れ余地
売上 €44-60B・粗利率 56-60% (2024 Investor Day)。AI シナリオでレンジ上限寄りの余地。
弱気材料
中国規制のキルスイッチ化
MATCH 法案 (2026/4/2 米下院提出) は DUV 液浸とサービスまで対象化し得る。全面禁止なら売上 −14〜15%・営業利益 −16〜17% (BofA 試算)。
極端な顧客集中
TSMC が EUV 出荷の推定 4 割。Intel Foundry の戦略迷走や TSMC の設備投資減速が業績を直撃する。
受注のボラティリティ
四半期受注は大型 EUV 1 件の有無で乱高下する。テーマの追い風と確定受注 (受注残) は別物。
重いバリュエーション
予想 PER 41 倍、株価は 52 週高値近辺。完璧な執行を織り込んでおり、悪材料で評価倍率の切り下げ余地が大きい。
DUV 国産化の長期圧力
中国 SMEE/AMIES は周回遅れ (ASML の 15-20 年前相当) だが、国産化率 70% 目標 (2027) で DUV 市場の一角を侵食し得る。
リスク
| リスク要因 | 重大度 | 補足 |
|---|---|---|
| 中国輸出規制 (MATCH 法案で DUV+サービス対象化) | 高 | 全面禁止で売上 −14〜15%・営業利益 −16〜17% (BofA 試算)。EUV は元々中国非出荷 |
| 顧客集中 (TSMC が EUV 出荷の推定 4 割) | 高 | 単一顧客の設備投資判断が業績直撃。Intel Foundry 迷走も波及 |
| 受注のボラティリティ | 中 | 四半期受注が大型 EUV 1 件で乱高下 |
| バリュエーションの重さ | 中 | 予想 PER 41 倍、悪材料で評価倍率の切り下げ余地が大きい |
| 半導体設備投資サイクル・金利感応度 | 中 | マクロ局面で受注が前後する |
今後の注目イベント
| イベント | 時期 | 注目度 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 2026 Q2 決算 (見通し €8.4-9.0B) | 2026年7月見込み | 高 | 受注高・中国比率・High-NA 進捗 |
| MATCH 法案の審議進展と蘭・日の整合判断 | 2026年内 (150日窓) | 高 | DUV+サービス禁止範囲の確定 |
| High-NA 量産採用の確認 | 2026-2027 | 高 | Intel 14A 等での量産投入 |
| 2026 通期見通しの再改定 | 各四半期決算 | 中 | €36-40B レンジの更新 |
公式情報源
投資の見立て
ASML は EUV (Extreme Ultraviolet、極端紫外線) 露光装置の事実上唯一の供給者であり、その競争優位 (堀) は半導体製造装置の主要 4 社 (ASML / Applied Materials / Lam Research / KLA) の中でも図抜けて広い。見立てを一文にすれば、「AI 設備投資が先端ロジックと HBM (High Bandwidth Memory、広帯域メモリ) の EUV 需要を構造的に押し上げ、中国向け DUV (Deep Ultraviolet、深紫外線) 売上の正常化を吸収しながら全社二桁成長を続ける」だ。受注残 (backlog) €38.8B (2025 年末) が四半期ごとに乱高下する受注のボラを吸収し、年 €8.2B のサービス売上が「堀の安定装置」として効く。
ただし総合判定は 強弱まちまち に置く。理由は 3 つある。(1) 中国規制 (後述の MATCH 法案) が DUV とサービスの両方を法的に断つ「キルスイッチ」になり得る、(2) TSMC が EUV 出荷の推定 4 割を占める極端な顧客集中、(3) 予想 PER 41 倍・実績 PER 55 倍という重い評価だ。堀そのものは揺らがない。揺らぐのは株価に織り込まれた「完璧な執行」の前提である。EUV 独占という最強級のビジネスを、その独占を一度に正当化しきれないほど高い値段で買うかどうか——これが ASML の本質的な問いだ。
📚 用語: 露光 (リソグラフィ) と EUV / DUV — 半導体は、シリコン上に塗った感光材に光で回路パターンを焼き付けて作る。この「焼き付け」が露光 (リソグラフィ) で、ASML はその装置の専業メーカー。光の波長が短いほど細い線を描ける。DUV (深紫外線、波長 193nm) が従来の主力で、EUV (極端紫外線、波長 13.5nm) はさらに微細な最先端ノード (3nm・2nm 級) に必須。EUV を量産できるのは世界で ASML だけだ。
会社概要 — 「装置で売り、サービスで稼ぎ続ける」二段構え
2025 通期の総売上は €32.7B (前年比 +15.6%)、純利益 €9.6B、粗利率 52.8%、希薄化後 EPS €24.73。セグメント構成 (2025 通期) は以下の通り。
| セグメント | 2025 売上 | 構成比 | 内容 |
|---|---|---|---|
| システム売上 | €24.5B | 75% | EUV + DUV + メトロロジー&インスペクション (計測・検査) |
| サービス & フィールドオプション | €8.2B | 25% | 据付装置の保守・部品・性能アップグレード |
| (市場別) ロジック | €16.1B | — | 先端ロジック (TSMC / Intel / Samsung) |
| (市場別) メモリ | €8.4B | — | DRAM / HBM / NAND |
ここで見るべき構造変化が 2 つある。第一に、EUV への売上シフトだ。2025 年は DUV 出荷が急減し露光装置の総出荷台数は前年比 −22% に落ちたが、EUV と液浸 (immersion) DUV が伸びてシステム売上を +12% に保った。2026 Q1 (1-3月期) ではシステム売上の 約 65% が EUV (EUV €4.1B / 非 EUV €2.1B) と、収益の主役が完全に EUV へ移っている。第二に、メモリの台頭だ。2026 Q1 ではメモリが「初めて」システム受注の過半を占め、AI 起点の HBM 投資が牽引役に交代した。AI ブームは当初ロジック (TSMC の N3/N2) の話だったが、HBM を通じてメモリ側にも EUV 需要が波及している。
そして最も重要なのが サービス売上 €8.2B (+26.2%) だ。これは世界中に据え付けられた ASML 装置の累積台数 (installed base) に連動する継続課金に近い収益で、装置の新規出荷サイクルが谷に入っても稼ぎ続ける。装置ビジネスの宿命である景気循環性を、サービス層が下から支える——これが ASML の業績の下方硬直性を担保する「堀の安定装置」だ。
📚 用語: 据付装置ベース売上 (Installed Base Management) — 過去に納入した装置の保守・部品供給・性能アップグレードで稼ぐ継続課金型の売上。装置の新規販売サイクルが谷でも、世界に据え付けられた累積台数に比例して稼げるため、業績の振れを和らげる。ASML ではこれが全社売上の 25% を占め、最も速く成長しているセグメントだ。
競争優位 (堀) の分析 — なぜ EUV を独占できるのか (評価: 広い)
ASML の堀は 無形資産 (擦り合わせ知財) とスイッチングコストの複合で、半導体装置業界で最も深い。なぜ「世界で 1 社だけ」が成立するのかを、物理・サプライチェーン・経済性の三層で咀嚼する。
第一層 — 物理とサプライチェーンの希少性。EUV 露光には極端な技術障壁が 3 つある。(1) 光源: 錫 (スズ) の微小な液滴に高出力レーザーを毎秒 5 万回当てて 13.5nm の光を発生させる。これは ASML が買収した米 Cymer の独自技術だ。(2) 光学系: 13.5nm の光は通常のレンズを透過しないため、原子レベルで磨いた多層膜ミラーで反射させる。これを作れるのは独 Carl Zeiss SMT ただ 1 社で、ASML が出資して囲い込んでいる。(3) 統合: これらを 1 台の装置として組み上げ、ナノメートル精度で動かす擦り合わせ。この三層すべてを別の企業が再現するのは現実的に不可能に近い。
第二層 — 顧客との共同開発による囲い込み。EUV は ASML が単独で完成させたのではなく、TSMC・Samsung・Intel・研究機関 imec と数十年かけて共同開発してきた。顧客は自社の製造プロセスを ASML の装置に合わせて最適化しており、別装置への乗り換えは歩留まりをゼロから作り直すに等しい——これがスイッチングコストの源泉だ。
第三層 — 経済性 (ASP の高さ)。1 台あたり数十億円、次世代の High-NA (High Numerical Aperture、高開口数) EXE:5200 は ASP (Average Selling Price、平均販売単価) が 3 億ユーロ超。この規模の研究開発 (2025 年 R&D €4.7B、売上の約 14%) を回収しながら毎世代リードを更新できるのは、独占ゆえの価格決定力があるからだ。
moat 判定は wide。ただし最も脆い縁は「技術停滞」ではなく「政治」と「単一顧客」である。技術ロードマップ (High-NA → Hyper-NA) は明確でここに停滞リスクは小さい。脆いのは、中国規制が需要の一角を法的に断ち得る点と、TSMC 1 社の設備投資判断で EUV 出荷が大きく振れる点だ。次節以降、この 2 つを集中的に深掘りする。
競合相対 — ASML だけが「競争のない市場」にいる
「EUV 独占だから堀が広い」で止めると、堀が広がっているのか縮んでいるのかを見落とす。比較軸を営業利益率と粗利率に取り (堀の経済性を最もよく映す)、半導体装置の主要 4 社を横並びにする。
| 指標 (直近通期) | ASML | KLA (KLAC) | Lam (LRCX) | Applied (AMAT) |
|---|---|---|---|---|
| 営業利益率 | 約 33% | 38.2% | 約 30% | 29.2% |
| 粗利率 | 52.8% | 60.9% | 49.9% | 48.7% |
| 競争環境 | EUV は独占 | 検査・計測で優位 | エッチング/成膜で競争 | 成膜/エッチで競争 |
数字だけ見ると、利益率では KLA が ASML を上回り、ASML の粗利率は 4 社で中位に見える。だがこの表の本質は数字ではなく一番下の行 (競争環境) にある。KLA・Lam・Applied は検査・エッチング・成膜という「複数社が競う市場」で稼いでいるのに対し、ASML の EUV はそもそも競合が存在しない。ASML の粗利が KLA より低いのは、EUV 装置が建屋級に巨大で部材コストが重いからであって、競争圧力で値下げを迫られているからではない。
むしろ時系列で見ると、ASML の堀は狭まっておらず、サービス層で広がっている。サービス売上比率が全社の 25% まで上昇基調にあり、これは据付台数の累積効果で今後さらに厚くなる。利益率の絶対値で KLA に負けて見えても、「競争のない市場で価格を決められる」という質的優位は他の 3 社が持ち得ないものだ。
中国向け規制リスク — 最大の不確実性を三層に分解する
ASML の最大の論点は中国規制だ。これを「中国売上が減る」という一括りで捉えると本質を見誤る。EUV / DUV / サービスの三層に分けて初めて、何が堀の本体に効き、何が短期売上だけの話なのかが見える。
第一層 — EUV (元々禁止、堀の本体に無関係)。EUV は規制以前からそもそも中国に一度も出荷されていない。だから対中規制がどれだけ強化されても、ASML の収益の主役である EUV (システム売上の 65%) は直接の影響を受けない。堀の本体は規制の射程外にある——これは弱気論への最重要の反論だ。
第二層 — DUV (段階的に制限、短期売上を削る)。問題はここだ。DUV、特に上位の液浸機種 (ArFi、NXT:2000i 等) は当初中国にも出荷できたが、オランダ政府の輸出許可制と米国の域外適用ルールで段階的に絞られてきた。中国向け売上比率は一時 40-50% まで膨らんだ後 (規制前の駆け込み需要も含む)、規制と反動で正常化に向かっている。2025 通期は 33%、2026 Q1 には 19% まで低下し、会社は 2026 通期で約 20% への着地を想定している。つまり中国比率の低下自体は織り込み済みの正常化だ。
第三層 — サービス (キルスイッチ化のリスク、これが新しい脅威)。2026 年 4 月 2 日に米下院へ提出された MATCH 法案 (Meeting Advanced Threats with Coordinated Holds) は、規制対象を新規装置の販売だけでなく、既に中国に据え付けられた装置の保守・部品供給 (サービス) まで広げ得る点で従来と質が違う。これが成立し全面適用されれば、過去に売った DUV のサービス収益まで断たれる「キルスイッチ」になる。BofA の試算では、全面禁止シナリオで売上 −14〜15%・営業利益 −16〜17% のインパクトとされる。
規制の moat への影響を両面で評価すると——短期売上 (DUV + そのサービス) は削られるが、独占の堀の本体 (EUV) は揺らがない。脅威となるのは中国ローカル勢の DUV 国産化だが、SMEE (上海微電子) や AMIES は 28nm 級の ArF 液浸が検証段階で、ASML の 15-20 年前相当——量産には程遠い。中国は国産化率 70% を 2027 年目標に掲げ DUV の一角を侵食し得るが、EUV を国産化するメドは立っていない。規制は ASML の「来年の売上」を脅かすが、「独占という資産」は脅かさない、というのが冷静な読みだ。
ファンダメンタルズ — 一過性を剥がした実力
(基準日: 2025 通期決算 + 2026 Q1 決算、通貨はユーロ建て)
- 売上成長: 2025 +15.6% (€32.7B)、2026 見通し €36-40B (中央値で前年比 +16% 前後)
- 営業利益率: 2026 Q1 で 36% (前年同期 35.4% から +0.6pt)、純利益率 31% 前後
- 粗利率: 2025 通期 52.8%。装置の巨大さゆえ KLA (60.9%) より低いが、これは構造であって競争圧力ではない
- 研究開発費: €4.7B (+9.2%)、売上の約 14%。堀を毎世代更新するための再投資
- 株主還元: 2025 に €8.5B 還元。配当 €7.50/株 (+17%)、新規自社株買い枠は 最大 €12B (2028 年末まで)
一過性要因の検証が 1 点ある。2025 純利益 €9.6B には、報道された AI 関連企業への €1.3B 規模の戦略出資 (持分・評価) が含まれ得る。これは営業外の項目なので、本業の実力は営業利益・粗利率で測るべきだ。2026 Q1 の営業利益 €3.16B・営業利益率 36% には一過性の評価益が混ざっておらず、ここが本業の実力値になる。表面の純利益だけを見て利益倍率を計算すると割安に錯覚するため、注意が要る。
受注ボラと AI 設備投資連動 — 「受注残」が乱高下を吸収する
ASML の四半期業績で最も誤読されやすいのが 受注 (bookings) だ。1 台 3 億ユーロ級の EUV は、大口顧客が 1 四半期にまとめて発注すると net bookings (純受注) が跳ね、翌四半期に空くと急減する。だから単一四半期の受注を業績トレンドと見てはいけない。2025 Q4 の受注は €13.2B (うち EUV €7.4B) と高水準だったが、2026 Q1 の受注は複数報道で「予想を大きく上回る」とされるものの公式の確定値が取れず [要確認] とする。
ここで効くのが 受注残 (backlog) €38.8B (2025 年末) だ。これは契約済みで未出荷の将来売上で、半分超が EUV。2026 売上見通しの中央値 €38B で割ると、おおむね 1 年強の売上を前もって可視化できている。四半期の受注がゼロに近い「空白の四半期」があっても、受注残が緩衝材になって売上は安定する——これが受注のボラを吸収する仕組みだ。
AI 設備投資との連動はこの受注残を通じて入ってくる。伝播経路は ハイパースケーラーの AI 投資 → TSMC/Samsung の先端ロジック (N2 等) と HBM の増設 → ASML への EUV 発注。ASML はこの連鎖の最上流に立つ。ただし「AI テーマで株価が動く」ことと「ASML の受注残に金額が立つ」ことは厳密に別物だ。テーマの追い風が確定受注に変換されているかは、毎四半期の net bookings と期末の受注残の絶対額で検証する必要がある。会社の 2030 中期目標は売上 €44-60B・粗利率 56-60% (2024 Investor Day) で、AI シナリオが実現すればレンジ上限寄りに振れる余地がある。
バリュエーション — 「独占」は織り込み済み、PER も PSR も重い
(基準日 2026/5/31、ADR $1,612.76、時価総額 約 $621B、52 週レンジ $683-$1,654 — つまりほぼ 52 週高値圏)
| 指標 | ASML | vs 競合 4 社 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 予想 PER | 約 41x | AMAT 30x / LRCX 37x / KLAC 36x | 4 社で最も割高 |
| 実績 PER | 約 55x | AMAT 41x / LRCX 52x / KLAC 43x | 4 社で最も割高 |
| PEG | 約 2.0x | AMAT 1.3x / KLAC 2.4x | 中位だが 1 超 |
| 配当利回り | 約 0.45% | 各社 0.4-0.5% | 横並び (成長株) |
PER と PSR (株価売上倍率) が揃って重いことの意味を読む。予想 PER 41 倍は同業 4 社で突出し、サブインダストリー中央値の倍以上だ。これは「EUV 独占 + AI 連動 + サービス継続性」への期待 (評価倍率の拡大) が利益成長に先行している状態を示す。PEG 約 2.0 倍 (1 倍が目安) は「成長は本物だが、価格がそれを先食いしている」を端的に表す。
ここで取るべき立場はこうだ——堀がプレミアムを正当化するのは事実だが、現在の株価は「完璧な執行」を前提にしている。中国 MATCH 法案の悪化、AI 受注の息切れ、TSMC の設備投資減速のいずれかが現実化すれば、利益の毀損だけでなく評価倍率の切り下げ (de-rate) が二重に効く。逆に言えば、独占という質的優位への確信があるなら、悪材料でこのプレミアムが剝がれた局面こそが入り口になる。割安/割高の二択ではなく、「最高のビジネスをいくらまでなら払うか」の問題だ。
📚 用語: PEG (株価収益成長率倍率) — 予想 PER を期待利益成長率で割った倍率。1 倍が割安/割高の目安で、ASML の約 2.0 倍は「成長は本物だが価格に先食いがある」ことを示す。高成長株でも、株価の上昇が利益成長より速く進むと PEG は 1 を超え、評価倍率の拡大に依存した状態になる。
強気材料 / 弱気材料
強気派の見立ての核は EUV 独占の構造性 だ。代替供給者が物理的・サプライチェーン的に存在せず、High-NA でリードを更新し続けている。加えて AI 設備投資の最上流受益 という立ち位置が、HBM を通じてメモリ側にも需要を広げている。サービス売上の継続性 (€8.2B、+26%) と受注残 €38.8B が、装置ビジネスの宿命である景気循環性を下から支える。
弱気派の見立ての核は 中国規制のキルスイッチ化 だ。MATCH 法案が DUV のサービスまで断てば、全面禁止で売上 −14〜15% の試算がある。次いで 極端な顧客集中——TSMC が EUV 出荷の推定 4 割を占め、Intel Foundry の戦略迷走や TSMC の設備投資減速が業績を直撃する。そして 予想 PER 41 倍の重い評価が、悪材料時の下押し余地を大きくしている。
投資の見立てと「外れる条件」
両論併記は材料の整理にすぎない。ここからは立場を取り、それぞれの見立てが「何が起きたら間違いか」を数値・時間軸で示す。読んだ人が「自分の見立てが崩れる瞬間」を数字で持ち帰れることが目的だ。
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「AI 連動の二桁成長は中国減少を吸収する」(現状: 成立) — 中国比率が 33% (2025) → 約 20% (2026) へ正常化しても、AI 起点の EUV 需要で全社売上は二桁成長を維持する (2026 €36-40B)、という見立て。2026 Q1 で中国比率は 19% へ低下したが、会社は通期見通しを €36-40B へ引き上げた。外れる条件は「中国規制強化と AI 受注息切れが重なり、通期売上見通しが €36B を下回って減額される、または 2 四半期連続で前年比成長率が一桁に鈍化」。中国の正常化を AI が埋められているかの一丁目一番地だ。
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「High-NA EUV が量産採用され EUV 売上の柱に育つ」(現状: 評価中) — High-NA (EXE:5200) が 2026 中に Intel 14A 等で量産投入され、2027-2028 にかけて EUV 売上の押し上げ要因になる、という見立て。2026 Q1 に High-NA 2 台を計上し Intel が初顧客と確認されたが、量産採用はこれからだ。外れる条件は「主要顧客が High-NA 投資を凍結/後ろ倒し、または 2027 末まで量産採用が確認できず EXE:5200 出荷が個位数で停滞」。次世代の堀更新が時間軸どおり進むかを見る。
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「受注残が受注のボラを吸収する」(現状: 成立) — 受注残 €38.8B (約 1 年強の売上) と +26% 成長のサービス売上が、四半期受注の乱高下を吸収し業績の下方硬直性を担保する、という見立て。外れる条件は「2 四半期連続で net bookings が €4B 未満に沈み受注残が €30B を割る、またはサービス売上が前年割れ」。受注残の取り崩しが補充を上回り始めたら、需要超過ストーリーが崩れる最初のサインになる。
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「EUV 独占の堀は中国規制では揺らがない」(現状: 成立) — 中国規制は短期売上 (DUV) を削るが、EUV は元々中国非出荷で堀の本体に無関係、独占は維持される、という見立て。外れる条件は「中国 SMEE/AMIES が 28nm 級以上の量産 DUV を実証して ASML の DUV シェアを侵食、または規制が同盟国 (蘭・日) の装置すべてに波及し ASML が先端顧客への供給を制限される」。MATCH 法案には同盟国整合に 150 日の窓があり、ここで蘭・日がどう動くかが分岐点だ。
リスク
最大の構造リスクは中国輸出規制だ。MATCH 法案で DUV とサービスが対象化されれば、全面禁止で売上 −14〜15%・営業利益 −16〜17% の試算がある (深刻度: 高)。同格で 顧客集中——TSMC が EUV 出荷の推定 4 割を占め、単一顧客の設備投資判断が業績を直撃する (高)。以下、受注のボラティリティ・バリュエーションの重さ・半導体設備投資サイクルへの感応度が中位で続く。なお EUV は中国非出荷のため、中国規制が深刻度「高」でも EUV (堀の本体) への直接の影響はない点は繰り返し確認すべきだ。
今後の注目イベント — 株価を動かす材料
直近の点検ポイントは 2026 Q2 決算 (2026年7月見込み、見通し €8.4-9.0B) で、受注高・中国比率・High-NA 進捗が焦点。中期では MATCH 法案の審議進展と蘭・日の整合判断 (2026年内、150日窓) が最大の分岐で、DUV とサービスの禁止範囲が確定する。並んで High-NA 量産採用の確認 (2026-2027、Intel 14A 等) が見立て 2 の生死を分ける。2026 通期見通しの再改定 (各四半期決算、€36-40B レンジの更新) が中位で続く。
立場別の視点
| 立場 | 確認すべき条件 (売買命令ではない) |
|---|---|
| 未保有 | 見立て 1・3・4 が成立しているのは強いが、株価は 52 週高値近辺・予想 PER 41 倍で完璧な執行を織り込む。確認すべきは MATCH 法案の蘭・日整合判断 (150日窓) の結論。中国規制の悪材料で評価倍率が切り下がる局面を待つのが教育的で、独占の質に確信があるならその押し目が入り口になる。 |
| 含み益 | 見立て 4 (堀は規制で揺らがない) が崩れていないかだけを点検すればよい。net bookings が 2 四半期連続 €4B 未満 + 受注残 €30B 割れ (見立て 3 の外れ) が出ない限り、中国比率の低下や四半期受注の空白は見立ての崩壊ではない。 |
| 含み損 | 多くは中国規制ヘッドラインかバリュエーション調整が原因。見立て 2 (High-NA 量産) の進捗と通期見通しが €36B を維持できているか (見立て 1 が外れる境界線) を見れば、本業の損傷かセンチメントの剥落かを切り分けられる。EUV が規制の射程外である事実は、長期の見立ての拠り所になる。 |
長期で確認すべき指標 5 つ
上の 4 つの見立ての外れる条件と対応させると、何を見れば見立ての生死が分かるかが一貫する。
- 通期売上見通しが €36-40B を維持するか (見立て 1) — €36B 割れの減額が警報。現状は €36-40B へ引き上げ
- 四半期 net bookings と EUV 比率、期末受注残 (見立て 3) — net bookings 2 四半期連続 €4B 未満 + 受注残 €30B 割れで見立ては外れ
- High-NA 出荷台数と量産採用ノード (見立て 2) — Intel/TSMC/Samsung の量産時期。2027 末まで個位数停滞なら見立ては外れ
- 中国比率の着地と MATCH 法案の蘭・日判断 (見立て 4) — 約 20% 想定どおりか、150日窓で同盟国がどう動くか
- サービス売上の成長率 — €8.2B (+26%) の継続性。前年割れは堀の安定装置が効かなくなるサイン
出典
- ASML — Q4 / FY2025 Financial Results (press release) — https://www.asml.com/en/news/press-releases/2026/q4-2025-financial-results
- ASML 2025 Annual Report — Financials — https://www.asml.com/en/investors/annual-report/2025/financials
- ASML 2025 Annual Report — Strategic Report (PDF) — https://ourbrand.asml.com/m/8ab959d4926657b/original/asml-2025-annual-report-strategic-report-section.pdf
- ASML Q1 2026 Form 6-K (SEC) — https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/937966/000162828026025147/pressreleasefinancialresul.htm
- ASML Q1 2026 — guidance raise after €8.8B revenue beat (TIKR) — https://www.tikr.com/blog/asml-stock-raises-2026-guidance-after-e8-8b-q1-revenue-beat
- ASML — Financial strategy / 2030 targets (IR) — https://www.asml.com/en/investors/why-invest-in-asml/financial-strategy
- TrendForce — ASML EXE:5200 first shipment / Intel 14A — https://www.trendforce.com/news/2025/07/17/news-asml-confirms-first-high-na-euv-exe5200-shipment-reportedly-prepping-for-intels-14a-in-2027/
- TrendForce — imec secures EXE:5200 High-NA EUV (2026) — https://www.trendforce.com/news/2026/03/19/news-imec-secures-asmls-most-advanced-exe5200-high-na-euv-for-sub-2nm-4q26-qualification-target/
- Investing.com — What is the MATCH Act and what it means for ASML — https://www.investing.com/news/company-news/what-is-match-act-and-what-it-means-for-asml-4597657
- Bits&Chips — US bill targets ASML immersion business in China — https://bits-chips.com/article/us-bill-targets-asmls-immersion-business-in-china-with-expanded-export-curbs/
- CSIS — Assessing recent Chinese lithography advancements (SMEE) — https://www.csis.org/blogs/strategic-technologies-blog/breakthroughs-or-boasts-assessing-recent-chinese-lithography
- fffinstill — Semiconductor Equipment: ASML vs LRCX vs AMAT vs KLAC — https://fffinstill.com/blog/semiconductor-equipment-asml-lrcx-amat-klac-compared
- stockanalysis.com — ASML statistics & valuation — https://stockanalysis.com/quote/ams/ASML/statistics/
- Counterpoint — ASML 2025 revenue up 16% YoY on strong EUV shipments — https://counterpointresearch.com/en/insights/asml-2025-revenue-up-16-yoy-as-strong-euv-shipments-boost-systems-and-service-performance
本記事は情報提供のみを目的としています。投資勧誘や個別銘柄の売買推奨ではありません。最終的な投資判断はご自身の責任で行ってください。記載の数値は 2026年6月2日時点の公開情報に基づき、財務はユーロ建て・株価はドル建て (ADR)、一部はミラーソース・推計・[要確認] を含みます。